高齢者への 精神科の薬の使い方



小田 陽彦兵庫県立ひょうごこころの医療センター 認知症疾患医療センター センター長


発行年 20212

分 類 薬学一般・精神医学

仕 様 A5判/総頁数204/本文191/55図/27/2色刷

定 価 3,080円(本体 2,800円+税10%)

ISBN 978-4-908296-18-5 在庫あり


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精神科医である著者が、高齢者に特化した薬の知識・使用法・診療の進め方をエビデンスベースで徹底解説します。 

本書は読者対象を一般臨床医としておりますが、精神科医はもちろんのこと、薬剤師、医療・介護に従事しておられるあらゆる職種の方々、そして医学専門書ではありますが向精神薬に関心のある患者様とそのご家族にもお読みいただきたい一書です。

文中随所に記載の【まとめ】をご覧いただくだけでも明日の臨床のヒントになるものと思われます。

「母はここ数年で初めて落ち着きました。今までで一番平和な毎日です。精神科の薬ってこんなに効くのですね」

先日,外来診察中に,ある認知症患者の子が著者にかけた言葉です。その患者さんは物がなくなったのを家族に盗まれたと思い込み,乱暴な言動に出るようになったため家族が本人のかかりつけの内科医に相談したところ,精神に作用する薬である向精神薬が次々と投与され薬の量がどんどん増えていきました。しかし一向に良くならないまま月日が過ぎたため,乱暴な言動にこれ以上耐えられないと家族が訴え,かかりつけの内科の紹介で精神科病院の著者の外来を訪れたのです。お薬手帳を確認すると,抗認知症薬,抗不安薬,抗うつ薬といった複数の向精神薬が同時に投与されていました。いわゆる併用治療です。向精神薬が効かないのでどんどん薬が足されていったものと思われました。


しかし,実は向精神薬の基本は単剤治療です。単剤治療に比べると併用治療は有効性が不確実なうえ副作用の危険が大きいからです。この方の治療がうまくいっていない原因も併用治療にあると思われました。そこで著者は,そのとき出されていた向精神薬をすべて中止しました。1 週間ほど経過観察したところ「薬をやめてから悪くはなっていないが良くもなっていない」とご家族がおっしゃったので,1 種類の抗精神病薬を1 日1 錠投与することにしました。いわゆる単剤治療です。するとたちまち乱暴な言動が落ち着いてしまったので,基本どおりに処方しただけに過ぎないのに「精神科の薬はよく効く」という冒頭の過大なご感想を頂いた次第です。


基本が知られていないがゆえに起こるこのような悲劇を減らすために本書は書かれました。本書は,一般臨床医向けの,高齢者への向精神薬の使い方に関する解説本です。第Ⅰ章が向精神薬の総論で,第Ⅱ章から第Ⅷ章までが向精神薬の各論です。最終の第Ⅸ章では向精神薬の使い方が述べられています。なぜ高齢者について取り上げたのかというと,一般臨床における患者層は高齢者が多いことと,薬の副作用が出やすい高齢者こそ基本に忠実な単剤治療が肝要だからです。客観性を保つために,個人的な経験を述べることはできるだけ避け,診療指針や臨床研究を紹介するよう心がけました。ただし,診療指針の推奨内容のうち現実の世界に合っておらず順守すべきでないと思われる部分については,具体的な根拠を示して順守すべきでない理由を述べました。精神科の診療指針のどの部分が妥当でどの部分がそうでないかを一般臨床医が判断するのは大変だと思いますので,本書はお役に立てるかと思います。もちろん,著者の見解が間違っている可能性もありますので,どちらが正しいのかを読者にご判断いただければ大変幸いです。


一般臨床医向けの本なので,精神科医にとって本書の内容は簡単すぎるかもしれません。すなわち本書においては「統合失調症の診療指針では抗精神病薬の単剤治療をするよう推奨されていて併用治療をしないよう推奨されている」「うつ病の自然寛解率は2 年で80~90 %」「抗うつ薬のプラセボ対照試験の約半数は失

敗」「気分安定薬のリチウムは双極性障害の自殺率を減らす」「ベンゾジアゼピン受容体作動薬を2 週間以上使うと薬物依存の危険がある」「DSM- 5では12 歳以前に症状が存在していないとADHD と診断されない」「抗認知症薬は診断が合っていないと効かない」「飲酒を前提に開発された向精神薬はナルメフェンだけ」「どの精神疾患であってもその治療が完結するまでの間はお酒を飲むことを控えることが治療上非常に重要」などといった精神医学の教科書的な知識が述べられている一方,精神医学の最先端の研究についてはとくに触れていないので,精神科医にとっては本書の内容に目新しいところはなく,向精神薬に関する知識の整理程度にしか役立たないかと思います。ただ,高齢者に対する向精神薬の使い方についてはとくに詳しく記していますので,高齢者の診療になれていない精神科医であれば日常臨床の参考になるかもしれません。

本書は一般臨床医向けですが向精神薬に関する診療指針や臨床研究の内容がまとめられているので,精神症状のある高齢者にかかわることがある薬剤師にとっても有用かもしれません。すなわち本書を参照していただければ向精神薬に関する疑義照会や処方提案をする際に相手を説得する根拠を探しやすくなるかもしれません。


向精神薬に関する公開情報をできるだけ易しく読めるように書いたつもりですので,この領域に関心のある医療・介護に従事しているあらゆる職種の人や現に向精神薬を投与されている人や家族にとっても本書はなんらかの手助けになるかもしれません。ただ,どんな薬にも副作用が起こる危険がありますので,自己判断で向精神薬を使い始めたり処方されている量以上の向精神薬を使ったりするのはおやめください。また,向精神薬には禁断症状の危険がありますので,自己判断で向精神薬をやめたり量を減らしたりするのもおやめください。副作用や禁断症状を軽視するのはきわめて危険です。なお,医師が処方した薬を他人に譲り渡した場合は「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」や「麻薬及び向精神薬取締法」に抵触し,懲役や罰金といった刑罰を課せられることがありますのでご注意ください。


中立的な立場から本書を書くように意識したつもりですが,無意識のうちに著者が特定の立場をひいきしている恐れがありますので,以下に著者の利益相反を示します。2020 年現在,著者は精神科病院に常勤の精神科医として雇用されています。著者は日本精神神経学会の専門医・指導医です。著者は日本老年精神医学会の専門医・指導医・評議員です。著者は日本神経精神薬理学会の会員で,統合失調症薬物治療ガイドライン改訂委員に委嘱されています。著者は厚生労働省の精神保健指定医に指定されています。これらの利益相反を前提とすれば,著者が精神科受診や収容型精神医療や向精神薬使用を推進する方向に自分でも気づかないうちに偏っている可能性は十分にありますので,そこは割り引いて読んでいただければと思います。

目  次


Ⅰ.高齢者を対象にした精神科薬物治療の基本

 1 本書における向精神薬の定義

 2 単剤治療が基本である理由


Ⅱ.抗精神病薬

 1 概  略

 2 開発の経緯と分類

 3 抗精神病薬の成績

 4 統合失調症以外への使用と副作用

  1)錐体外路症状

  2)悪性症候群

  3)体重増加

  4)便  秘

  5)QT 延長

  6)性機能障害

  7)抗コリン作用

 5 診療指針

  1)統合失調症

  2)認知症

  3)せん妄

 6 高齢者への抗精神病薬の使い方

  1)統合失調症

  2)認知症

  3)せん妄

 7 その他の病態


Ⅲ.抗うつ薬

 1 概  略

 2 開発の経緯と分類

 3 抗うつ薬の成績

 4 うつ病以外への使用と副作用

  1)抗コリン作用

  2)起立性低血圧

  3)鎮  静

  4)体重増加

  5)出  血

  6)過量服薬時の危険性

  7)中止後症状

 5 診療指針

 6 高齢者への抗うつ薬の使い方


Ⅳ.気分安定薬

 1 概  略

 2 開発の経緯と分類

 3 気分安定薬の成績

 4 副作用

 5 診療指針

 6 高齢者への気分安定薬の使い方

 7 その他の病態


Ⅴ.抗不安/睡眠薬

 1 概  略

 2 開発の経緯と分類

 3 抗不安/睡眠薬の成績

  1)ベンゾジアゼピン系抗不安薬

  2)ベンゾジアゼピン系睡眠薬と非ベンゾジアゼピン系睡眠薬

  3)メラトニン受容体作動薬

  4)オレキシン受容体拮抗薬

 4 副作用

  1)ベンゾジアゼピン受容体作動薬

  2)メラトニン受容体作動薬

  3)オレキシン受容体拮抗薬

 5 診療指針

 6 高齢者への抗不安/睡眠薬の使い方

 7 その他の病態・その他の薬


Ⅵ.精神刺激薬

 1 概  略

 2 開発の経緯と分類

 3 成人ADHD に対する国内治験成績

  1)メチルフェニデート徐放剤

  2)アトモキセチン

  3)グアンファシン

  4)リスデキサンフェタミン

 4 副作用

 5 診療指針

 6 高齢者への精神刺激薬の使い方


Ⅶ.抗認知症薬

 1 概  略

 2 開発の経緯と分類

 3 抗認知症薬の成績

 4 副作用

 5 診療指針

 6 高齢者への抗認知症薬の使い方


Ⅷ.アルコール依存症治療薬

 1 概  略

 2 開発の経緯と分類

 3 アルコール依存症治療薬の成績

  1)抗酒薬

  2)断酒補助薬

  3)飲酒量低減薬

 4 副作用

 5 診療指針

 6 高齢者へのアルコール依存症治療薬の使い方


Ⅸ.向精神薬の効果の引き出し方

 1 概  略

 2 除外診断

 3 断  酒

 4 減  薬

 5 生活指導

 6 患者選択

 7 単剤治療


 索  引

 おわりに