熱血 循環器学



編 著

井上 信孝(神戸労災病院 循環器内科 部長・副院長)

 

発行年 2019年4月

分 類 循環器一般

仕 様 B5判/総頁数260/本文244/89図/35表

定 価 6,160円(本体 5,600円+税10%)

ISBN 978-4-908296-14-7 在庫あり

「熱血循環器学」の刊行にあたって

循環器学では,新しい知見が日々蓄積され,新技術の進歩とともに,その診断法,治療法が革新的な発展を遂げています.これまでは「否」とされていたことが,「正しい」と証明され,またその逆に,これまで常識とみなされたことが,臨床研究にて完全に否定されることも数多くあります.βブロッカーが臨床の場に登場したときは,薬剤の添付書に「禁忌:心不全」と記載されていました.もちろん現在は,βブロッカーが心不全治療のファーストラインに位置しています.カテーテルによって大動脈弁狭窄症が治療しうるなどは,私が研修医のときは,誰もが想像だにしていませんでした.こうした医学,循環器学の進歩に追随すべく,われわれはこれまで,さまざまな教書にて学んできました.しかしながら,臨床の場に身を置くと,従来の教書では,本当に伝えるべきこと,伝えなければならないことが,伝えられていないのではないかと感じています.


最近,医療系のドラマ,映画が流行っています.医師の仕事は,ときにドラマで見るような劇的な場面もありますが,しかし実際は,各医師が自分の責務を淡々と,忠実に果たしていく,いわば単調で日常的なことが大半を占めます.ただそうした日々の日常診療のなかで,ドラマをも遥かに超えて,心に深く刻み込まれることを誰もが経験していきます.こうした貴重な臨床での経験はなかなか伝える術がありません.


医学は2つの側面を有する学問です.つまり純粋な自然科学という側面と,その学問から得られた知見を目の前にいる患者に還元していくという側面とがあります.2012年に山中教授がiPS細胞研究でノーベル医学生理学賞を受賞されました.さらに昨年,本庶佑先生が,免疫チェックポイント阻害因子の発見とがん治療への応用で,ノーベル医学生理学賞を受賞されました.このように日本の医学研究は世界をリードしています.

しかしながら,将来の医学研究に対して,危機的で悲観的な見方もあります.2004年,すべての医師がプライマリケアに対応できる幅広い臨床能力を習得することを趣旨として,新臨床研修制度がスタートしました.私が研修医のときは,系統だった教育システムもなく,現在この制度は,臨床能力をつけるという観点からは素晴らしいと思います.しかし,その弊害として,研究を志向する若い医師が激減していることが指摘され,今後の医学研究に懸念を抱く方は少なくありません.未知なものを探索する研究の面白さ,素晴らしさを,若い医師に伝える機会が減ってきていることを実感します.


これまでの教書では,こうした真に伝えるべきことが欠けているのではないかと考えています.そこで本書では,各項に「熱血の章」を設けました.この「熱血の章」では,各分野において,印象に残った症例や,心に刻み込まれた患者さんのご紹介,その症例から得た教訓,また若いドクターや学生に是非伝えたいメッセージ,さらには,研究生活での心に残るエピソードなどを自由に記述していただきました.


本書を一読していただくことにより,循環器学各分野の最先端のことを理解・把握していただけるだけではなく,各項目の「熱血の章」を通して,循環器学の魅力を感じていただけるのではと思っています.


最後に,多忙な中,快く執筆を引き受けていただいた多くの執筆者の方々,洋學社,吉田收一氏には,心から感謝申し上げます.

2019年3月

神戸労災病院 井上信孝

目  次

 

1 新しい小児心不全治療薬の開発を目指して

 1 胎生期における心臓の発生

 2 生下後の心臓の成長

 3 心臓の成長に関与する液性因子

  1)アンジオテンシンⅡ

  2)インスリンおよびインスリン様増殖因子

  3)糖質コルチコイド

  4)甲状腺ホルモン

 4 周産期におけるカテコラミン系とレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系によ

   る心血管系調節のメカニズム

 5 AT1Rを利用した新しい小児心不全治療薬の開発の可能性について

 6 熱血の章 ―私の循環器学―

   循環器研究の重要性:若手循環器科医師の方たちへ

 

 

2 血管内皮機能と心血管病

 1 血管内皮の構造と機能

 2 血管内皮機能異常と動脈硬化発症の機序

 3 血管内皮機能測定

  1)ストレインゲージプレチスモグラフィー

  2)FMD

  3)RHI

  4)ケミカルバイオマーカー

 4 血管内皮機能と治療

 5 熱血の章 ―私の循環器学―

  1)血管内皮機能測定より

  (1)日常の検査・診療

  (2)Lesson from patient

  2)研究のこと

 

 

3 循環器診療における一次予防

 1 日本人の死因

 2 がん対策などにおける対策型検診と人間ドックの違い

 3 人間ドック健診とは

 4 血圧脈波検査とは

 5 内臓脂肪測定の重要性

 6 実際に検査導入・検査実施するにあたって

 7 熱血の章 ―私の循環器学―

 

 

4 心血管病イベントと脂質リスク管理

 1 まずはLDLコレステロールを管理する

  1)LDL-Cと心血管病

  2)LDL受容体とスタチンの発見

  3)LDLによる粥状動脈硬化病変の形成メカニズム

  4)LDL-Cをどこまで管理するか:“Fire and Forget”vs“Treat to Target”

 2 次のターゲットはnon-HDL-C

  1)non-HDL-Cとは?

  2)食後高脂血症とレムナント

  3)small dense LDL

 3 家族性高コレステロール血症を見逃さない

 4 実際の脂質リスク管理について

  1)生活習慣の改善

 2)食事指導

 3)薬物治療

  (1)スタチン

  (2)エゼチミブ

  (3)フィブラート

  (4)オメガ3 多価不飽和脂肪酸

  (5)PCSK 9 阻害薬

  (6)MTP(ミクロソームトリグリセリド輸送蛋白)阻害薬

 5 熱血の章 ―私の循環器学―

   HDLはロマン!

  1)HDLコレステロールはもはや“ 善玉” コレステロールではない?

  2)HDLは量のみならず,質も大事?

  3)HDLの本当の顔は?

 

 

5 高血圧管理と心血管病予防

 1 2017 ACC/AHA 高血圧ガイドラインが示すものは何か?

  1)主な変更点

  2)米国における心血管病抑制のターゲットが冠動脈疾患から心不全・脳卒中へシフト?

 2 高血圧治療ガイドラインJSH2014

 3 心疾患における血圧管理

  1)心肥大

  2)冠動脈疾患

  (1)降圧目標

  (2)狭心症

  (3)心筋梗塞後

  3)心不全

  (1)左室駆出率の低下した心不全

  (2)左室駆出率の保たれた心不全

  4)心房細動

  5)抗血栓薬服用中

 4 熱血の章 ―私の循環器学―

 

 

6 糖尿病と心血管予防

 1 2型糖尿病患者の食事・運動療法による生活習慣の改善は心血管イベントの発症を抑制するか

 2 厳格な血糖コントロールと心血管イベントの関係

  1)1型糖尿病/DCCT

  2)2型糖尿病/UKPDS

  3)ACCORD/ADVANCE/VADT

 3 DPP4阻害薬を用いた心血管イベント発症における大規模臨床試験

 4 GLP-1受容体作動薬を用いた大規模臨床試験

 5 SGLT2阻害薬を用いた心血管イベント発症における大規模臨床試験

 6 熱血の章 ―私の循環器学―

 

 

7 ストレスと心血管病

 1 心血管病発症のリスクとしての精神的ストレス

 2 精神的ストレスと心不全

 3 心理的・社会的因子の虚血性心疾患の病態への関与

 4 循環器疾患に伴う心因的要因に対する治療

 5 熱血の章 ―私の循環器学―

  1)循環器疾患に苦しむ患者さんの「心臓」だけではなく「こころ」も診よう

  2)職業性ストレスと過労死 ―現代社会において解決すべき喫緊の課題

 

 

8 心血管イメージング

 1 冠動脈CT検査

  1)冠動脈CTの現状

  2)冠動脈狭窄の診断性能

  3)冠動脈CTの有用性

  (1)狭心症

  (2)急性冠症候群

  (3)ステントおよびCABG(coronary artery bypass grafting)

  4)冠動脈CTのガイドラインにおける位置づけ

  5)冠動脈CTによる機能評価

  6)冠動脈CTの注意点

 2 心臓MRI 検査

  1)心臓MRI検査の特徴

  2)非造影MRI検査で撮影可能な項目

  (1)Cine画像

  (2)T2強調像(T2-weighted black blood;T2WBB)

  (3)T1強調画像(T1-weighted black blood;T1WBB)

  (4)冠動脈MRA

  3)造影MRI検査で撮影する項目

  (1)負荷perfusion MRI

  (2)遅延造影(LGE)

  4)循環器疾患とCMR 所見

  (1)虚血性心疾患

  (2)肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy;HCM)

  (3)拡張型心筋症(dilated cardiomyopathy;DCM)

  (4)不整脈原性右室心筋症

     (arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy;ARVC)

  (5)心筋炎

  (6)心サルコイドーシス

  (7)心アミロイドーシス

 3 熱血の章 ―私の循環器学―

 

 

9 心不全治療

 1 心不全の治療と最近の話題

  1)慢性心不全の治療

  (1)慢性心不全の病期分類と重症度分類

  (2)薬物治療

  (3)非薬物治療

   a)運動療法/ 心臓リハビリテーション

   b)心臓再同期治療(CRT)

   c)補助人工心臓(ventricular assist device;VAD)

   d)心臓移植

   e)栄養管理

  (4)心不全の病期の進行と治療の推移

  (5)終末期心不全の緩和治療における問題

 2 急性心不全の治療

  1)薬物治療

  (1)強心薬

  (2)血管拡張薬

  2)非薬物治療

  (1)非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)

  (2)大動脈内バルーンパンピング(IABP)

  (3)経皮的心肺補助装置(PCPS)

  (4)経皮的補助人工心臓(IMPELLA)

 3 心不全診療におけるトピックス

  1)HFrEF とHFpEF

  2)心不全診療における地域連携

 4 熱血の章 ―私の循環器学―

  1)研究の目的とテーマ

  (1)β遮断薬が効く患者,効かない患者

  (2)大動脈弁狭窄症(aortic valve stenosis;AS)への単独手術のタイミング

  2)循環器内科の魅力

  3)記憶に残る症例

  (1)在宅治療に移行したカテコラミン依存状態末期重症心不全の1例

  (2)若年者に生じた劇症型心筋炎による急性心不全症例

 

 

10 冠動脈カテーテル治療 up to date

 1 Trans-Radial Coronary Intervention

 2 Distal Trans-Radial Coronary Intervention

  1)解剖

  2)DTRIの穿刺

  (1)患者のポジション

  (2)皮膚麻酔

  (3)穿刺

  (4)シース挿入

  (5)止血

  (6)ldTRI(left distal Trans Radial Intervention)について

  (7)DTRIの将来

 3 熱血の章 ―私の循環器学―

   うちのドクターズクラーク

 

 

11 不整脈治療

 1 カテーテルアブレーション

  1)カテーテルアブレーションの基礎

  2)アブレーションカテーテルの進歩

  3)マッピングの進歩

  4)カテーテル操作の進歩

  (1)マグネティックナビゲーションシステムの概要

  (2)実際に有用であった症例

  5)ハイブリッド治療

 2 熱血の章 ―私の循環器学―

 

 

12 静脈血栓塞栓症

 1 VTEの歴史

 2 VTEの疫学

 3 VTEの特徴

 4 VTEの危険因子

  1)生理的な凝固と線溶

  2)Virchowの三徴

  (1)血液凝固能亢進

  (2)血管内皮障害

  (3)血流の停滞

  3)がんとVTE

 5 VTEの診断アルゴリズム

  1)DVT

  2)PTE

  3)各検査での診断ポイント

  (1)心電図

  (2)胸部レントゲン

  (3)下肢静脈エコー

  (4)経胸壁心エコー

  (5)造影CT

  (6)肺換気・血流シンチグラフィー

  (7)肺動脈造影

 6 VTEの治療

  1)抗凝固療法

  (1)急性期治療

  (2)慢性期治療

  2)血栓溶解療法

  3)カテーテル治療

  4)外科的血栓摘除術

  5)下大静脈フィルター

 7 VTE治療におけるDOACの可能性と課題

  1)急性期治療

  2)慢性期治療

  3)がん患者のVTE治療

 8 VTEの予防

  1)理学的予防法

  2)予防的抗凝固療法

  3)内科系疾患におけるVTE予防

 9 VTEの合併症

  1)CTEPH

  2)PTS

 10 熱血の章 ―私の循環器学―

 

 

13 肺高血圧症の最近の知見

 1 肺高血圧症の定義と臨床分類

 2 肺高血圧症の診断

 3 肺動脈性肺高血圧症

  1)特発性肺動脈性肺高血圧症(idiopathic pulmonary arterial hypertension;IPAH)

     遺伝性肺動脈性肺高血圧症(heritable pulmonary arterial hypertension;HPAH)

  (1)疫学・予後・成因

  (2)重症度評価

  (3)治療

  2)薬物・毒物誘発性肺動脈性肺高血圧症

  3)結合組織病に伴う肺動脈性肺高血圧症(CTD-PAH)

  4)その他

 4 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)

  1)疫学・成因

  2)CTEPH の診断

  3)CTEPH の治療

 5 熱血の章 ―私の循環器学―

  1)印象に残った症例

  (1)肺血管拡張薬の使用にあたっては,急激な血行状態の悪化の可能性を念頭において診療にあたることが重要である

  (2)小児・若年で発症したIPAH/HPAH の病態は成人発症例と異なる病態を示すことがある

  (3)患者背景をしっかり把握して診療にあたるべきである

  (4)希少疾患に対する診療の特殊性を理解する必要がある

  2)研究生活のエピソード

 

 

14 災害と循環器疾患

 1 地震と循環器疾患

  1)虚血性心疾患

  2)致死性不整脈

  3)クラッシュ症候群

  4)深部静脈血栓症・肺塞栓

  5)たこつぼ心筋症

  6)心不全

 2 各震災と循環器疾患

  1)阪神・淡路大震災

  2)新潟中越地震

  3)東日本大震災・原発事故における福島での実際

 3 熱血の章 ―私の循環器学―

   震災と臨床研修・救急蘇生教育

 

 

15 補助人工心臓・心臓移植治療の現状

 1 心臓移植治療

  1)心臓移植治療とは

  2)心臓移植の適応

  (1)適応となる疾患

  (2)適応条件

  (3)除外条件

   a)絶対的除外条件

   b)相対的除外条件

   c)適応の決定

  3)心臓移植待機について

  4)心臓移植後の治療,予後

 2 補助人工心臓治療

  1)補助人工心臓とは

  2)補助人工心臓の適応

  (1)治療戦略からみた適応

  (2)心不全重症度からみた適応

  3)補助人工心臓の合併症と予後

 3 熱血の章 ―私の循環器学―

   著明な肺うっ血を伴う劇症型心筋炎に対して左室補助人工心臓+人工肺付右室

   補助人工心臓により救命しえた1例

 

 索  引